(500)日のサマー


(500)日のサマーを観ました。
観たと言っても数学の問題をゴリゴリときながらだけど笑。


でも、この映画、そこそこ面白かった。
かなり作りこまれていることを感じさせる映画。


恋を信じる男と女の話。


出会って4日目で、意気投合するサマーとトム。
トムは恋を信じていて、サマーは信じてない。
でも、二人は友達を超えた関係になっていく。


トムが付き合ってるのか付き合ってないのかはっきりさせたい、
といったあたりから関係がおかしくなる。
別に今は恋人は欲しくないの、自由でいたいの、というサマーの主張はぶれない。


サマーとけんかして、会わない期間が続く。
再開して、パーティーで出くわす。
そこで見たのは、サマーの左手の薬指。


そこから狂ってしまう。
ついていた職も辞め、どん底まで沈む。
けれど、サマーは結婚式をあげる。


最後、
サマーは「運命を信じる」と言い、
トムは「全部運命とかにせものだ」という。


いつの間にか逆転したところで、
結局人生なんて偶然じゃないか、とトムが気づくところで終わる。




これで面白いなーって思ったのが、最後の方で、
Expectationとrealiryのdual画面で話が進んでいく。
ちょうどサマーが指輪をしているところに気づいたパーティだ。
期待と現実のずれ方があるあるすぎる。
期待の方は、サマーと盛り上がるほう。
でも現実は、そんなこともなく、パーティのone of themとなり下がる。
そんな中で指輪をしているサマーを見つける。
そして飛び出してしまう。


失恋した後、職場でトラブルを起こす。
トムはカードを作る職業に就いていたわけですが、
そこで、that's not disrespect,と断わりを入れながらも、クズだ、と断言する。
「なぜ人がカードを買うのか。カードに代弁してほしいからだ。
愛ってなんだ、説明できるやついるか?いないならまやかしだ。」
と言う。
そもそも愛を信じていたトムが、こんなことを言い出すのも、
結局のところ、何も信じられなくなったから。
疑い出すと、説明できなかったことに気づく。
なんでカードを作るのか。
そんなのに答えなんて出ない。世の中はまやかしだ。


そのまま職場を去りふさぎこむ。
でもずっとやりたかった建築の仕事をがむしゃらに探すことにする。
一日中絵をかき、アプライしと繰り返す。


この気持ちは痛いほどわかる、というのはおいておきましょう笑。


人生なんて偶然でしかない。
宇宙から見たら奇跡なんてない。世の中にあるのは偶然だけ。
こういう結論を出して、新しく出会った女の子を口説く。
500日目にして、次のステップに歩み出せるトムの姿は、成長そのものである。


この映画、僕はずっと写像のことを考えていて、あんまり真面目に見てなかったのですが、
アマゾンレビューを見るといろんな見方している人がいて、すごく面白いな、って思う。
結局のところ、こういったたぐいの失恋映画は、自分の経験と重ねるためのものなのかもしれない。
村上春樹の言う「物語」なのかもしれない。


でも、監督はよく観察してるなーって思う。
なんとなくトムの方には共感できたから、きっとモテないタイプの人笑。


偶然だけ、ということが言いたいんじゃない。
結論を変えて次に歩み出せるトムの姿を描きたかったんじゃないかな、と踏んでいる。


ハナミズキ」みたいな本当に文字通りドラマチックな落とし所を狙ったわけじゃないのが好き。
サマーと復縁、って形じゃない。
そうじゃない。行くのは次のステージ。