Mr. Childrenと天ぷらの話

村上春樹は、上手な自己紹介の文章を書くコツとして「天ぷらについてかくように」といった。これは、あまり特別でないものに対して、自分との関係を書くことによってオリジナリティを出していく、というような文意だったと記憶している。

ここでMr. Childrenについて書くというのは、僕と天ぷらについて書くようなものである。桜井和寿論、みたいなことを言い出せるほどMr. Childrenを聞いてない。さらに、そこまでエポックメイキングだったように思わない。もし僕がエポックメイキングだと真に信じているミュージシャンのうちの一人Jeff Beckについて書くなら、自分との関係というより、他の音楽との関係について書き、どれだけJeff Beckはオリジナリティのある挑戦を繰り返したのか、ということを説得するために書きたい。だが、別にMr. Childrenはそのような位置付けが可能であると僕は思っていない。

ミスチルを聞いています、といいだすのは微妙に恥ずかしい側面がある。一方で、別にエポックメイキングではあると思わないけれど、いろんな恥を忍んで書けばミスチルは少なくとも僕の多感な時期の数ページを彩ったことは否定できない。僕個人の文脈の中に、いろんな彼らの曲が整理されている。今日はそういうものについて書きたい。僕と天ぷらについて書くように。

僕が聞き出したのは、優しい歌や君が好きの時期であったように思う。初めてのベストアルバムを出す程度に仕事がまとまり、暗い歌を歌うことをある程度やめた時期であるように認識している。いろいろ聞いたけど、特に深海前後が好きであった。勝手にベストアルバムについていた解説などのうろ覚えの知識でこの前後の時期をさっと振り返る。

Cross roads, innocent world などJ-pop黄金時代の時流に乗りつつヒットを重ねて、これなら売れると書いた瞬間に確信したらしいtomorrow never knowsを出して見事ミスチル史上最大の売り上げをあげたが、そこからどうやら桜井本人の生活が乱れ、方向性を失ったらしく、その混乱の果てに出てきたものが深海である。深海はサウンドが重く、また結構バンドサウンドのものが多い。そして歌詞はやたらと暗いし、最近のファンからは考えられないくらい歌詞が暗い。tomorrow never knowsを含む、この時期に出ていた明るめのポップスは、このアルバムには入らず、二枚組構想とも呼ばれていたboleroに収録されている。boleroの後、活動休止し、一年後に終わりなき旅や光の射す方へなど希望があるようなシングル曲を含むDiscoveryを出し、同じような路線でQを出し、ベストアルバムとして10年くらいの仕事をまとめ、そのあとはIt’s a wonderful worldなどのファンを増やす応援歌のようなポップスへと向かっていく。

たしかミスチルを聴いていたのは中学生くらいの時だった気がする。当時ギターを始めたばかりで、B’zが好きだった。B’zはウルトラソウルを出していたころである。ベストアルバムを一通り聞き、耳障りの良さが気に入り、よく聞くリストに入っていた。しかしそのままハードロックに傾倒してししまい、B’zは生き残ったものの、聴いていたゆずやミスチルは奥へと追いやられた。

高校生になると、バンドを始めた。うまくいかなかったけれど。この時に何かできるものがないかなと思い、ミスチルを聞き返してみると、ポップス路線のものは金もテクもない高校生が再現するのにはすごいつらかったが、深海やBORELOやニシエヒガシエの時期の曲はバンドサウンドが前に出てくることが多く、ハードロックから一周回ってこれらはよく聴いていたように思う。

その後、何のきっかけだか忘れたが、多分高2くらいで深海は僕の中で再発見される。深海はブックオフで安く、CDとして持っていたことも影響していると思う。また、アトミックハートもBORELOも偶然持っていた。逆に、それ以外は持っていなかった。全体的に暗く、何かもがくようなものが自分の心を掴んでいた。そして、大学に入って、何度か「桜井さんの歌詞は本当に素敵」というようなミスチル好き女性を見かけるたびに、この時期のミスチルが何と無く愛すべき対象のように思えた。

終わりなき旅に励まされたことがないといえば嘘になる。HEROのようなポップス路線に心が動かなかったといえば嘘になる。だけど、深海のような、混乱から出てきたり、その前のダンスダンスダンスやラブコネクションのようなあからさまなイライラや人間の微妙に汚い部分が暗に伝わるような曲の方に、心は惹かれる。

そして、音楽は自分の生活の大きなパートからは外れてしまったが、つい最近ミスチルはネット配信されているらしいことを知り、もう一度聞いてみるか思った。そして、深い混乱にあった桜井和寿の年齢を実は少し超えていることに気づいた。

深海の前後では、エポックメイキングでないもののtomorrow never knowsを自分の推測よりあて、ジミヘンやカートコバーンが経験したものと似た混乱が桜井を襲い、その混乱を深海に放ったのだと思う。その後、活動休止を経て、混乱から回復したような歌詞である終わりなき旅を放ち、仕事をベストアルバムとしてまとめ、そして「憎めよ生まれてきた悲劇」とも言ったこの世界をIt’s a wonderful worldというカウンターとも言えるアルバムを出しポップ路線となり、大学で出会った僕よりまっすぐな人たちの心にまっすぐ届くようにメッセージをだすようになったと思うと興味深い。

別に混乱したいとは思わないけれど、自分にもこういうヒットを経てある程度優しくなれたらなと思う。ただのおっさんまっしぐらだけど。こういう目線でミスチルの深海前後を見て、彼らの年表と自分のキャリアを重ねると、自分は実は勝負所はいまなのかもしれないと思っている。

Mr.Children 1992-1995

Mr.Children 1992-1995